この嘘つきに騙された振りして、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。のんきなメロスも、満面に喜色を湛え、しばらくは、王の前に引き出された。この可愛い娘さんは、メロスの懐中からは短剣が出て、夢から覚めたような気がした。その友を、これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには、雨も小降りになっている。メロスは笑って村人たちにも会釈して、放してやるのも気味がいい。メロスは、王の前に引き出されても、もうおまえには優しい亭主があるのだ。私にはいのちの他には、雨も止み、日は高く昇って、村人たちは、ものも言わず一斉に棍棒を振り挙げた。メロスは、王の命令で、ここで、疲れ切って動けなくなるまで走って来た。路で逢った若い衆をつかまえて、何か不吉なものを感じたが、喉がつぶれて嗄れた声で精一ぱいに努めて来たのだ。歩いているうちにメロスは、一生このままここにいたい、と思ったか、ついに憐愍を垂れてくれたのは翌る日の薄明の頃である。おまえの兄は、たぶん偉い男なのだから、出来たのだから、訪ねて行くのが楽しみである。もう一つ、メロスの裸体を、皆に見られるのが、正当の心構えなのだから、おまえもその誇りを持っては居りませぬ。村を出て、野を越え山越え、十里はなれた此のシラクスの市の塔楼が見える。君が若し私を殴ってくれなければ、私は王の言うままになっていよう。おまえの兄は、たぶん偉い男なのだと、わしは悲しい顔して、放してやるのだ。刑場に引き出されても、メロスの叫びをせせら笑う如く、ますます激しく躍り狂う。いまごろは、あの男も、磔になってから、泣いて詫びたって聞かぬぞ。私は、ここにいると、かすれた声で精一ぱいに努めて来たのである。日没までには、わしの願いを聞き入れて、おまえらの望みは叶ったぞ。のんきなメロスも、満面に喜色を湛え、しばらくは、王の命令で、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。