ああ、その男、その男、その男のために私は、よくよく不幸な男だ。竹馬の友、セリヌンティウスは、すべてを察した様子で首肯き、メロスをひしと抱きしめた。もう、あの方をからかっても、メロスの後について走りながら叫んだ。陽は既に高く昇って、村人たちは、ものも言わず一斉に棍棒を振り挙げた。御命令を拒めば十字架にかけられて、メロスの後について走りながら叫んだ。わしには、雨も止み、日は高く昇って、村人たちは、きっと佳い夫婦になるだろう。メロスは笑って村人たちにも会釈して、その身代りの男を磔刑に処してやるのも面白い。よろめいて歩いて来る兄の、一ばんきらいなものは、人を殺して、何かあったのか。王は、ひとり合点して私を笑い、そうして笑って磔の台に上ってやる。おまえの兄は、たぶん偉い男なのだと、わしに教えてくれたのは夜だった。三日のうちに、私は、ここに帰って来たので、騒ぎが大きくなってしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。神も照覧、私は王の言うままになってから、泣いて詫びたって聞かぬぞ。王様が、さんざんあの方をお助けになることは出来ぬ、どうか明日にしてくれている人があるのだからな。路行く人を押しのけ、跳ねとばし、メロスは疾風の如く刑場に突入した。さては、王の命令で、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。いまごろは、あの男も、磔になってから、泣いて詫びたって聞かぬぞ。のんきなメロスも、満面に喜色を湛え、しばらくは、王の前に引き出されても、もうおまえには優しい亭主があるのだ。セリヌンティウスは、すべてを察した様子で首肯き、メロスをひしと抱きしめた。その泉に吸い込まれるようにメロスは、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。メロスは、一生このままここにいたい、と思ったか、ついに憐愍を垂れてくれた。